販売士の御縁で勉強会「ワイガヤ大学」へ~千疋屋総本店のブランディング経営
こんにちは。旅行ジャーナリストの村田和子です。
実は私、大学を卒業して初めて就職したのは神戸のアパレル会社。人事部配属だったのですが、現場を学びたいといったところ上司に勧められて取得したのが販売士。3級から初めて、25歳で1級取得。今思えば、あのころは本当に頭が柔軟でした…。その販売士の御縁でこの度、株式会社千疋屋総本店 代表取締役社長 大島博氏の講演を聞く機会を頂きました(※大島氏は東京販売士協会の会長でいらっしゃいます)

千疋屋といえば高級フルーツとして有名ですが、初代は”水がわし安うり処”という看板があった通り庶民のお店だったそう。しかも!千疋屋のツールは埼玉県の越谷市付近にあった千疋村(名前もこちらからとられたそう)。果物を千疋村で作り、今の中川を利用して船で江戸へ運び人形町付近で商いをされていたそうです。ちなみに千疋という地名が最近までバス停に残っていたということで、映し出された写真にびっくり。行先:吉川車庫……なんと。私一時この近く(吉川市)に住んでいたことがございます……。30年近く前になりますが、当時も田園風景が広がるのどかな土地ではありましたが、まさか千疋屋さんのルーツだっとは、びっくりです。
2代目になり、女将の手腕で高級路線へ。その後明治時代にはお洒落な3階建ての洋館をたてベランダではドライフルーツをつくったりと、生の果物よりも、缶詰などが多かったそう。
関東大震災の後はバラックで営業し、地下でメロンという名前の床屋をやっていたこともあるなど歴史秘話も交えながらのお話は大変興味深かったです。
それぞれの代で気づいてきた歴史、千疋屋の店是や家訓、ブランドコアバリュー「ワンランク上の豊かさ」についての取り組み等詳しくご紹介を頂き、大変勉強になりました。代が変わるタイミングで大きく企業の方向性も変わることに社内の混乱や反対はなかったのか?という質問への回答で、「社内は勿論だし、それよりも先代との軋轢が大変」という社長の言葉が印象的でした。自分が築いてきたものが変わるということに、やはり抵抗は誰でもあるはず。そんな中、大事なものを受け継ぎつつ、時代に応じて柔軟に対応できる企業がやはり強いんだなあと改めて思ったのでした。
講師の大島博様、貴重な機会をつくってくださった発起人の日本販売士協会 前専務理事 星川様(※右のお写真はご挨拶の模様)にこの場を借りて御礼申し上げます。
■千疋屋総本店
■販売士協会
■facebook販売士ワイガヤ大学
※丁度、この日は千疋屋総本店の本社裏に、福徳稲荷の新社殿が出来たとのことで、帰りにお参りをしてきました。日本橋は町全体で伝統文化を守り、それを観て学ぶ伝えるというような取り組みを多くされていて、観光の取り組みとしても興味深いなあと思っています。

実は私、大学を卒業して初めて就職したのは神戸のアパレル会社。人事部配属だったのですが、現場を学びたいといったところ上司に勧められて取得したのが販売士。3級から初めて、25歳で1級取得。今思えば、あのころは本当に頭が柔軟でした…。その販売士の御縁でこの度、株式会社千疋屋総本店 代表取締役社長 大島博氏の講演を聞く機会を頂きました(※大島氏は東京販売士協会の会長でいらっしゃいます)

それぞれの代で気づいてきた歴史、千疋屋の店是や家訓、ブランドコアバリュー「ワンランク上の豊かさ」についての取り組み等詳しくご紹介を頂き、大変勉強になりました。代が変わるタイミングで大きく企業の方向性も変わることに社内の混乱や反対はなかったのか?という質問への回答で、「社内は勿論だし、それよりも先代との軋轢が大変」という社長の言葉が印象的でした。自分が築いてきたものが変わるということに、やはり抵抗は誰でもあるはず。そんな中、大事なものを受け継ぎつつ、時代に応じて柔軟に対応できる企業がやはり強いんだなあと改めて思ったのでした。
■千疋屋総本店
■販売士協会
■facebook販売士ワイガヤ大学

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